異世界[恋愛]

婚約破棄されたマーガレットはイライラしていたので、イライラ公爵と大喧嘩して、なぜか? 結婚する!


 ――また、やってしまった。

 グラシエル公爵リボンオは、部屋の中央で肩を震わせていた。
 机の上には、砕け散ったティーカップ。壁には投げつけられた書類の山。
 目の前では、青ざめた執事が一歩も動けずに立ち尽くしている。

「……失せろ」

 低く、唸るような声だった。
 執事は小さく頭を下げると、音も立てずに部屋を出ていった。
 残されたのは、静寂と――胸の奥を焼くような自己嫌悪。

「くそっ……まただ」

 リボンオは拳を握り締め、窓の外へ視線を投げた。
 冬の終わりを告げる灰色の空。
 どれほどの権勢を持っていても、その空虚な重みからは逃れられない。

 彼は深く息を吸い、鏡に映る自分の顔を見つめた。
 冷たい灰色の瞳。眉間に刻まれた深い皺。
 怒りが皮膚に染み込み、抜け出せなくなった男の顔。

「……誰が、こんな顔にした」

 その問いは、自分自身に向けられたものだった。
 彼の家――グラシエル公爵家は、古より“怒りの家”と呼ばれている。
 祖先が魔女を裏切った報いとして、代々の当主が「怒りを抑えられぬ呪い」を受けたのだ。

 最初は単なる伝承だと思っていた。
 だが、二十歳を過ぎたころから、彼は徐々に変わっていった。
 小さな苛立ちが制御できず、言葉が刃となり、手が勝手に動く。
 理性は叫んでいるのに、身体が従わない。
 そして、残るのは破壊と後悔だけ。

「呪いだのなんだの……くだらない」

 そう吐き捨てながらも、彼は知っていた。
 この怒りが自分のものではないことを。
 夜な夜な夢に現れる、女の声。
 ――「愛を失えば、怒りが残る。永遠に。」

「……黙れ」

 リボンオは頭を押さえ、深呼吸した。
 部屋の片隅には、壊れた懐中時計。
 それは幼い頃、ある少女にもらったものだった。

 ――“あなた、怒ってるとき、目が怖いのよ。笑えばいいのに。”

 あの声。
 マーガレット=ローレンス。
 幼いころ、よく喧嘩した隣家の娘。
 気が強くて、口が悪くて、でも、誰よりも優しい少女。

「……笑えば、か」

 口元がかすかに動いたその瞬間、扉がノックされた。
 リオンオ=クラウン、従弟であり、唯一の無礼講を許された男だ。








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全7話完結 2025/10/26 12:20更新
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最終取得日時:2025/10/27 12:05
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