ヒューマンドラマ[文芸]

末期がんで病床に伏す私から、夫は愛人を救うために血を採った

 骨肉腫の末期だと告げられた日、私は病院の洗面所に一人で長いこと座っていた。がんはすでに肺へ転移している。積極的な治療を続けても望める時間は限られていて、身体への負担を抑えたいなら、痛みや苦しさを和らげながら過ごす方法もあると医師から説明された。

 余命半年とは、はっきり言われなかった。

 でも、分かった。

 冬城市立がん医療センターを出たあと、駅前の小さな店で苺のショートケーキを一つ買った。急に玲司に会いたくなったからだ。自分がもうすぐ死ぬことを伝えたかったわけじゃない。ただ、十年以上そばにいて、六年間夫だった人に、ほんの十分だけ一緒にいてほしかった。

 神代ホールディングスの本社へ行くと、玲司はオフィスで若い女性のためにハーブティーを淹れていた。相楽ひなの。グループ会社で働いていて、私も何度か顔を見たことがある女性だった。

 少し溶けかけたケーキの箱を抱えたまま、私はドアの前に立った。

「玲司、少しだけ外に付き合ってくれない? 十分でいいの」

 玲司は顔も上げなかった。

「紬、今日は本当に忙しいんだ。最近どうしたんだよ。気分が沈んでるだけなら、自分で少し気晴らししてくれないか。俺の時間は、そういうことに使えるほど余ってない。十分どころか、一分だって無理だ」

 喉の奥が詰まったようになった。

 私はそれ以上何も言わず、一人で川辺へ向かった。溶けたケーキを少しずつ食べながら、夜遅くまでそこに座っていた。

 帰ろうと立ち上がった時、昼間玲司のそばにいた女が見えた。

 ひなのは玲司を見上げ、キスを求めるように顔を近づけていた。

 玲司は顔を伏せた。

 避けなかった。

シリアス / 女主人公 / 現代 / 不倫 / 裏切り / DV / 後悔 / ざまぁ / 切ない / 悲恋
短編 2026/09/03 17:48更新
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最終取得日時:2026/09/13 12:05
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