婚約破棄された瞬間、婚約中の記憶がすべて公開されました——都合よく忘れていたのは、あなただけではなかったようです
舞踏会の夜、王太子ルシアンは婚約者エヴェリーナに告げた。
「君は冷たい。笑顔もなく、支えもない。クロエの方が、僕には合っている」
三年間連れ添った婚約者からの言葉は、大勢の貴族が見守る中で、静かに、しかし確かに落とされた。
エヴェリーナは泣かなかった。
騒がなかった。
ただ一言、理由を問い返しただけだった。
——その直後、空間が光に包まれる。
これが公の場での正式な婚約破棄である以上、古い魔法の法が発動する。
婚約期間中の"重要な記憶"が、その場にいる全員の前に再生されるのだ。
当人の主観とともに。
複数の視点で。
嘘は映らない。けれど——認識のズレは、すべて。
再生されたのは、三年分の真実だった。
王太子が「無表情で何も言わなかった」と記憶していたあの日、エヴェリーナは必死に言葉を探していた。
王太子が「助言がない=無関心」と感じていたあの時、エヴェリーナは三日間書庫に籠もり、王太子が議会で恥をかかないよう、陰で全ての準備を整えていた。
外交の失言を救った書簡も。
貴族間の対立を静かに調整していたのも。
王太子が「うまく収まった」と思っていた数々の場面の裏側で、動いていたのは——ずっと、彼女だった。
そして新たなヒロインと称されたクロエの笑顔が、誰かに見られていることを確認してから作られていたことも、魔法は容赦なく映し出す。
「やり直したい。今度こそ、ちゃんと見る」
全てを知った王太子はそう言った。
しかしエヴェリーナの答えは、短く、澄んでいた。
「いいえ」
「殿下、あなたは"知らなかった"のではありません。"知ろうとしなかった"のです」
これは、婚約破棄の話ではない。
ざまぁの話でも、逆転劇でもない。
三年間、自分を「足りない人間」だと思い込んでいた一人の令嬢が、嘘のつけない記憶という鏡を通して——初めて、自分自身をちゃんと見た夜の物語だ。
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