ヒューマンドラマ[文芸]

医師の彼氏は、私に十分すらくれなかったのに、後輩の女医には夜更かししてチケットを取り、一日中付き合っていた


 うつ病と診断された日は、ちょうど私の二十六歳の誕生日だった。診療所の洗面所で長いこと座り込み、脚が痺れてきてから、私は予約していた小さなケーキを持って青嵐中央医療センターへ向かった。朝倉蓮は消化器外科で働いている。知り合って七年、付き合い始めて五年になる。

 院内のスキルトレーニング室前にある待合スペースで蓮を見つけたとき、彼は小日向美月の腹腔鏡縫合トレーニングを終えたばかりで、手には彼女の訓練記録が残っていた。

「少しだけ外を歩かない? 十分でいいから」

 蓮は一度だけ私を見て、すぐに記録へ視線を戻した。美月はまだトレーニング用の手袋を外したところだった。

「紗季、ただ慰めてほしいだけだろ?」

「前にも言ったよな。俺はいつでも時間を空けられるわけじゃない。待ってる患者もいるし、明日は手術もある」

「今日は無理だ。先に帰ってて」

 胸の奥に何かが詰まったようで、言葉が出なかった。

 美月は壁の時計を見て、テーブルの上の水筒を手に取った。

「朝倉先生、そろそろ休憩の時間ですよ。今日もカフェインレスのハーブティーにしますか?」

 さっきまで冷たかった蓮の表情が、わずかに和らいだ。

「そうする。昨日もあまり眠れなかったんだろ?」

「じゃあ、ちゃんと飲んだらご褒美あります?」

「ある」

「何ですか? 二週間前は東京ディズニーランドに一日付き合ってくれて、先週は午後ずっと手芸に付き合ってくれたんですよ。今回はそれより適当なの、なしですからね」

 私は入口に立ったまま、手の中のケーキが急に重くなった気がした。私には十分すら惜しむのに、彼女には丸一日の休日を渡せる。

 その場を離れ、一階の休憩スペースで少し溶けかけたケーキを一口ずつ食べた。病院を出るころ、診療所の予約システムから次回受診の通知が届いた。そこには、前回の診察で佐久間先生が残してくれた生活上の助言も添えられていた。

「なるべく閉じこもらず、日光に当たって外の空気に触れてください。信頼できる人がいるなら、一緒に来てもらってもいいですよ」

 私はその画面を長いこと見つめた。本当に私を閉じ込めていたものは、窓のない部屋なんかじゃなかったのかもしれない。

 蓮だった。

シリアス / 女主人公 / 現代 / 因果応報 / ざまぁ / 破局 / やり直しなし
短編 2026/08/12 16:00更新
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最終取得日時:2026/09/27 12:08
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