異世界[恋愛]
あなたが召し上がっていたのは、私の記憶です
十年、彼女は朝いちばんに厨房へ降りた。
夜明け前に火を入れ、湯を沸かす。
伯爵夫人がする仕事ではない。
亡き義母の煮込み。
熱を出した義妹の粥。
どれも彼女の舌と記憶だけで作られていた。
作り方は、どこにも書かれていない。
書かなかったのは、彼女の意地だった。
エルシャには前世の記憶がある。
その記憶は、年ごとに一つずつ消えていく。
忘れられることの痛みを、彼女は知っている。
だから誰かの大切な味を、覚え続けた。
覚えていることだけが、自分がそこにいる理由だった。
ある夜、夫は客人に告げる。
妻の手すさびです、と。
火傷の残る手は、卓の下に隠された。
翌朝、彼女は湯を沸かさなかった。
罵らない。
泣かない。
責めもしない。
ただ、台所を降りただけ。
それだけで、あの家から義母の味が消えていく。
行き先を決めないまま、彼女は街道の宿にたどり着く。
そこの主人は、素性も行き先も尋ねなかった。
かわりに、彼はこう問う。
あなたは何が食べたいのですか。
十年、誰にも聞かれなかった問いだった。
彼女はその答えを、一つも持っていない。
自分の空腹の名前を、彼女は思い出せるだろうか。
AI直接使用 / 異世界恋愛 / 転生 / 令嬢 / ざまぁ / 料理 / 切ない / ほのぼの / ハッピーエンド
全12話完結
2026/08/02 13:14更新
37,682字 (3140.2字/話) 36%
37,682字 (3140.2字/話) 36%
日間P
-
総合P
530
ブクマ
27
平均評価
8.65
感想数
0
レビュー
0
評価頻度
203.7%
評価P
476
評価者数
55
週間読者
173
日間イン
1回
ベスト
244位
最終取得日時:2026/09/02 12:08
※googleにインデックスされているページのみが対象です