異世界[恋愛]

捧げる供物には、もうなりません

彼女には、自分のものが、何ひとつなかった。
魔力も、名前も、これからの一生も。
すべて、この国に捧げるためのものだった。
真夜中の祭壇は、いつも氷の匂いがした。
甘いものの味さえ、彼女は知らずに育った。
そんな夜を、もう何年も繰り返してきた。
祈りの光は、いつも決まった高さで濁る。
その濁りに気づいているのは、彼女だけ。
神聖なものだと、誰もが信じて疑わない。
ある夜、異国から来た男が、その光を見上げた。
そして、誰にともなく、低く呟いた。
これは祈りなどではない、と。
その一言が、彼女の胸に、棘のように刺さる。
わたしが捧げてきたものは、何だったのか。
尊い務めだと、ずっと教えられてきたのに。
男は、彼女を供物としては見なかった。
削られるための器としてでもない。
ただ一人の、対等な相手として向き合った。
生まれて初めて、彼女は思ってしまう。
わたしにも、欲しいものがあるのかもしれない。
わたしの一生は、わたしのものなのかもしれない。
奪われてばかりだった少女が、初めて、自分の意思で動きだす。
その先で、彼女が何を選ぶのか。
それを決めるのは、もう、彼女自身だけだ。

異世界恋愛 / 魔法 / 王侯貴族 / 虐げられヒロイン / 身分差 / 年の差 / シリアス
全12話完結 2026/06/02 18:06更新
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最終取得日時:2026/09/20 12:11
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