純文学 連載中・全5話

『大正の迷ゐ子』

久世 文彦 2026/11/04 公開 2026/11/04 17:42 更新

あらすじ


大正十年、春。

地方新聞社に勤める久世文彦、二十六歳。

新聞記者として人々の暮らしや世相を取材する毎日を送りながら、彼にはもう一つの夢があった。

それは、小説家になること。

敬愛する尾崎紅葉の『金色夜叉』に心を奪われて以来、いつか自分も人の心に残る物語を書きたいと願っていた。しかし、書きかけの原稿ばかりが増え、いまだ世に出せる作品はない。

そんな文彦が、春祭りの取材先で出会ったのは、旅芸人一座に身を置く青年、朝倉新太だった。

新太は二十二歳。明るく、人懐っこく、食べることが大好きな青年である。初対面の相手ともすぐに打ち解け、旅先での暮らしにも慣れている。

しかし、彼には一つだけ、人にうまく説明できない過去があった。

五歳の頃、家族と離れ、旅芸人の一座に拾われたというのだ。

自分の名前が朝倉新太であることは知っている。幼い頃から持っていた根付に、その名が刻まれていたからだ。

ところが、その根付には、もう一つの名前が刻まれていた。

「ふさ」

新太には、それが誰の名前なのか分からない。

自分はどこで生まれ、誰の子として育ったのか。そして「ふさ」とは、いったい誰なのか。

文彦は、この青年の話に小説の題材としての面白さを感じる。

新聞記者として事実を追い、小説家志望として物語を思い描く。二つの好奇心に背中を押され、文彦は新太の過去を調べ始める。

やがて二人は、根付に刻まれた名前を手掛かりに、知らない土地へと旅立つことになる。

旅の途中で出会う人々、思いがけない出来事、古い記録、そして新太の幼い頃を知るかもしれない人々。

文彦は新聞記者として証言や記録を確かめながら、作家としてその出来事をどう書くべきか悩んでいく。

一方、新太にとって旅は、単なる過去探しではなかった。

自分を育ててくれた旅芸人一座の人々もまた、大切な家族だったからだ。

生まれた場所がふるさとなのか。それとも、自分を受け入れ、育ててくれた場所こそがふるさとなのか。

記憶の向こうにある過去を探す青年と、物語の向こうにある真実を探す新聞記者。

二人の旅は、やがて思いがけない出会いへとつながっていく。

これは、失われた記憶をたどる青年と、まだ自分の物語を見つけられない作家志望の新聞記者が、明治の面影を残す大正の日本を歩いた、少し不思議で、どこか懐かしい道中記である。

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