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渚月(なづき) 2026/05/22 公開 2026/05/22 12:17 更新
「私がいなくても、きっと何も変わりませんよ」──そう言い残して王宮を去った女は、誰よりもこの国を支えていた。
平民出身の王宮事務官イレーネは、七年間、表に出ることなく王宮の実務を一手に担ってきた。外交文書の翻訳、式典の段取り、各部署間の調整──彼女なしには回らない仕事が山のようにあった。だが貴族たちは彼女の功績を自分のものとし、王太子の婚約者である令嬢は、イレーネを目障りな平民として遠ざけようとする。
ある日、北方辺境で紛争の兆しが報じられる。イレーネは自ら遠征補給部隊の事務官を志願し、王宮を離れる決意をする。「お好きにどうぞ。私は明日から遠征ですので」──その一言を残して。
彼女がいなくなった王宮では、誰も代わりが務まらない。式典は混乱し、外交書簡に誤訳が生じ、補給路の計算は狂い、隠されていた不正が次々と露見していく。やがて王宮の者たちは思い知る。あの平民の女がどれほどの仕事をしていたかを。
一方、遠征先でイレーネは、冷徹と噂される辺境伯リヒトと出会う。彼は言葉少なだが、イレーネの能力を正当に評価する最初の人物となる。北方の厳しい大地で、イレーネは初めて「必要とされる」ことの意味を知り、静かに変わり始める。
王宮の混乱、暴かれる裏切り、そして遠征先で芽生える信頼と恋。全てが交差するとき、イレーネは再び王宮に立つことになる──今度は、誰にも見下されない姿で。
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