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くらたん 2026/07/14 公開 2026/07/21 19:10 更新
「君は妻として、十分に働いてくれた。――もう、好きにしていい」
結婚三十七年目の記念日に離縁された侯爵夫人エレオノール、五十四歳。
慰謝料は辞退。持って出たのは、旅着と、古い文箱がひとつ。
中身は三十七枚の紙片。婚礼前夜に一枚、あとは毎年の結婚記念日の夜に一枚ずつ――
叶えたいことを先延ばしにするたび書きためた「いつか」である。
夜祭で、朝まで踊る。
湖で泳ぐ。
誰もわたしの名を知らない宿で眠る。
――朝寝坊。
「お母様、こんなことも、できませんでしたの?」
「できなかったのよ。不思議ね」
呆れる娘に、母は荷造りの手を止めない。
「五十四歳で?」
「五十四歳だから、急ぐのよ」
道連れは、同い年の堅物な元近衛隊長。
寡黙で、律儀で、なぜか紙片を一枚使うたび、次の旅支度まで整えている。
膝は鳴る。老眼も進む。だから何だと言うのです?
一枚燃やすたび、置いてきた屋敷は勝手に軋み、世間の評判は勝手に逆転していく。
残る一枚だけは、箱の底に裏返し。
その表には、十七歳の字で――『もう一度、恋をする』。
カクヨムさん、ハーメルンさんでも連載しています
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