歴史 完結・全8話

沙ニ抗ス

せんのあすむ 2018/07/01 公開 2018/07/08 08:00 更新

あらすじ

 西暦一八四〇年ごろから、西欧の脅威に晒されることになった清王朝。その事態を強く憂い、末期の清を支えるために尽力した者達の中に左宗棠がいる。 

 挙人の資格は得たものの、科挙試験に失敗した癖に、自らを「湖南の今臥龍」と称していたため、周りの人間からは変人と見られていた。しかしそんな彼が、ひょんなことから高級官僚の陶澍に気に入られ、親戚となる。

そのことで陶の女婿、胡林翼とも昵懇になった彼は、胡によってさらにアヘン戦争の立役者であった林則徐にも知られることとなった。林は宗棠青年に「最も警戒すべきはロシアである」との言葉を残し、他界する。やがて太平天国の乱が起き、湖南巡撫の客としてようやく日の目を見た宗棠は、時の皇帝である咸豊帝の声がかりで曽国藩の帷幕に加えられた。この時の活躍が評価されたので、咸豊帝崩御後も北京へ呼び出され、今度は陝甘総督として捻匪討伐の任務に就く。

 砂漠に面している、西の不毛の地。捻匪の背後にいた回民との戦いにもあけくれながら、彼は、陝西省及び甘粛省の産業の発展にも心を砕いた。彼によって整えられた、西安から玉門関へ至る道には、柳が植えられており、これは宗棠にちなんで左公柳と呼ばれている。

 清朝廷に対して反乱を起こした捻匪や回民を討伐し、さらにタリム盆地のほとんどを占拠していたヤクブ・ベクも滅ぼし、イリ地区を占領していたロシアの理不尽な要求から何とか妥協を引き出して新疆地区を奪回した彼に、北京からの召還状が届く。軍機大臣及び内閣大学士という、挙人出身にしては異例の辞令を与える為だった。

 だが、そんなポストは到底彼の気質には合わない。半年もせぬうちに病気と称して辞した後、両江総督として再び政府中枢から現場へ出た宗棠は、この時すでに七十二歳。ようやく念願であった海軍建設に着手し、曲がりなりにも形を整えた頃、清仏戦争が勃発、彼の築いた南洋艦隊は壊滅したのである。失意の上に、清にとって不利な天津条約を再び結ぼうとしている李鴻章への怒りが重なって「海軍を頼む」との言葉を残し、一八八四年九月五日、ついに清の大黒柱であった宗棠は帰らぬ人となった。




こちらも母が遺した小説です。

こちらにも掲載してます。 → https://www.alphapolis.co.jp/novel/452360109/106174441
     

ポイント

総合ポイント 26
日間ポイント 0
日間ランクイン [未取得]
最高順位 [未取得]
評価ポイント 2076.9% ブクマ×2 623.1%

日間ポイントは、なろうの18〜19時ごろの集計値です。

読者の反応

ブクマ
3
感想
0
レビュー
0
評価者数
2
平均評価
10.00
週間読者
0

ブクマと評価ポイントの推移

10/31〜11/06(7日間)
ブクマ 3+0(7日間)
4 3 2 10/31 11/03 11/06
評価ポイント 20+0(7日間)
21 20 19 10/31 11/03 11/06

日別の値

新しい順・下の段は前日比
日付 ブクマ 評価P
11/06 3 ±0 20 ±0
11/05 3 ±0 20 ±0
11/04 3 ±0 20 ±0
11/03 3 ±0 20 ±0
11/02 3 ±0 20 ±0
11/01 3 ±0 20 ±0
10/31 3 ±0 20 ±0

「全期間」は直近30日分までを表示します(リアルタイム表示では、これに現在値が加わります)。

総合ランキングの推移

順位を読み込んでいます…