ノンジャンル 短編

随行

三崎伸太郎 2015/10/15 公開 2015/10/15 13:16 更新

あらすじ

「 随行 1 8 6 0 年J あらすじ

18 6 0 年 2 月 13 日、 万延元年正月、江戸幕府はアメリカ合衆国に使節を送る事になった。 日米修好条約の批准書交換のためである。 新見豊前守正輿を正使とし、副使に村 垣淡路守範正、立会に小栗豊後守忠順の使節を始めとして総勢七十七人の随行員であった。 彼違が蒸気船であるアメリカの軍艦ポーハタ ン号で品川沖を離れた日は、空の一部に雪雲が残り、風に吹かれて来た雪が蒼い空からちらついていた 。
足軽の梅吉は 、主人村垣淡路守の蝦夷勤務に従った折、アメリカ人の抑留者から英語の手ほどきを受けていた。 ひょんな事から梅吉の英語力を耳にした淡路守は、梅吉を足軽達の通詞としてアメリカに随行させる。 梅吉には年老いた母親がいるが、いまだかって親孝行の一つもしたことがない。 彼は、このアメリカに随行する間に自分の将来の仕事を決定し、帰国後は母親に孝行をしたいと 考えている。
梅吉は、ポーハタンの船上で音吉と言うアメリカ人水夫に出会う。 彼は、元漁師で船が時化で流されアメリカに漂着したあと、アメリカで暮らしていた。 当時の日本は鎖国時代で、外国に行った日本人が日本に戻ると幕府から罰を受けたのである。 梅吉は音吉のアドバイスを受けながら、自分の将来の計画を固めてゆく。
ポーハタン号は嵐で仕方なく予定航路を変更しハワイに立ち寄るが、七十七人の侍にとってはハワイが初めての異国の地になった。 彼達はカメカメハ大王の歓迎を受け数日間滞在した後、再び出港するとサン・フランシスコに寄港した。 そこには、ポーハタンの江戸湾出港より 一足先にアメリカに向けて出港した幕府の御用船カンリン丸が、無事太平洋を横断し 錨を下ろしていた。 カンリン丸はサン ・フランシスコから江戸に引き返したが、使節一行はさらに南に下りパナマに行くと、 まだ運河の出来ていないパナマ地峡を鉄道で横切り 、再び船でワシントンに向かった。
ワシントンでプカナン大統領に謁見し無事批准書交換の大役を済ました使節一行は、今度はインド洋を経由して江戸に戻って来る。 実に九ヶ月もの長い日程をかけた使節の度であったが、 彼達の努力とは裏腹に幕府は急速に崩壊に向かってゆく。そして八年後、 日本は世界に閉じていたドアを聞き時は明治となる。


三崎 伸太郎 0 8 ・3 0 ・ 0 3

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