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ゆき 2026/07/04 公開 2026/07/04 23:52 更新
※昔書いた小説です。平成色濃いです。
「夕陽が掛かると、空は溶けて無に変わっていく」
そう言ったのは彼女だっただろうか。
文章に齧りつき、世間から認められるようになった今になっても、心に色を塗るような感覚は見つからなかった。この先数十年地上を彷徨ったとしても、見つかることはないだろう。きっと、私の精神はあのときに一度死んでいるのだ。
濁った息を吐く。とても長い時間、のらりくらりと生き延びてしまった。ご飯を食べ、脚本を書き、就寝していると一日を生きてしまう。特に意識しなくても心臓が鼓動を続けてしまうのだ。生きようとしなくても、死のうとしない限り、生きてしまうのだ。人の恨みを背負うようなことがあっても、殺されることはなかった。ただ、モノトーンで覆われた毎日を生きていくことが、必ずしも死ぬことよりも幸福というわけではないのだろう。
六十年間生きてきた私にとっては、あの頃の時間は一瞬だった。鏡に映る皺の増えた顔を見ると、誰が映っているのかわからなくなる。数十年間誰かの人生を生きてしまったのではないかとさえ思えた。滑稽だろうが、白髪が増えて小さな字が見づらくなっても、歳を取っている気がしないのだ。目を瞑れば、今でも鮮明に彼女の顔が思い浮かぶ。自分が老いていくにも関わらず、彼女は少女のような表情と、猫のように研いだ爪を煌めかせたまま、記憶の中で止まっていた。
これから私が綴ろうとしているのは、ぼんやりとした男の記憶だ。気が狂ってしまうか、棺桶に入ってしまう前に、書き記しておこうと思う。万が一、これを見つけてしまった者は、どうかこの文章を土に埋めて、二度と掘り起こさないでほしい。
そして、最後まで読んでくれるのなら、見下げ果てた男だと存分に笑ってくれ。
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