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熾星 2026/10/24 公開 2026/10/24 16:00 更新
ブラックフライデーの最終日。私は三十九度の熱を出しながら、彼氏の会社で二十時間近く働き続けていた。
声はすっかりかすれ、咳をするたびにティッシュに血がつく。喉の痛みに耐えかねて、作業台に置いてあった返品サンプルから、のど飴を一粒取り出した。
外箱が潰れていたため、翌日には廃棄することが決まっていた商品だ。中身は一粒ずつ包装されていて、封も切られていない。
飴を口に入れたところで、彼氏の黒田拓真に呼び止められた。
「紗季、それ、勝手に取ったよな?」
「え?」
振り向くと、拓真は経理担当を呼び寄せ、何か指示していた。
しばらくして私の前に置かれた紙には、信じられない金額が印刷されていた。
損害賠償請求額、五十万円。
「……何、これ」
「見ればわかるだろ。会社の商品を無断で使ったんだから、弁償してもらう」
「五十万円?」
「ルールはルールだよ。俺の彼女だからって、特別扱いはできないから」
私は三年間付き合ってきた男の顔を見つめた。
「拓真、私、今日ずっと熱があるんだよ。もう二十時間近く働いてるし、声だってこんなに……」
喉がひりつき、言葉の途中で咳き込んだ。
「それに、あれは捨てる商品でしょう? 飴一粒で五十万円なんて、本気で言ってるの?」
「そうやってすぐ恋人だからって話に持っていくの、やめてくれないか」
隣で返品書類を確認していた彼の母親、美佐江さんまで口を挟んだ。
「でもねえ、紗季さん。今日たまたま見つかっただけで、今までも何か持ち帰ってたんじゃないの?」
私は拓真を見た。
彼は母親を止めるどころか、経理担当に会社の振込先を私のスマホへ送らせた。
「先に払ってくれよ。スタッフも見てるんだ。俺の立場も考えてくれ」
私はネットバンキングを開き、指定された口座へ五十万円を振り込んだ。
入金を確認した拓真は、ほっとしたように笑った。
フォロワー五百万人の配信アカウント。拓真は当然のように自分のものだと思っているけれど、最初に作り、ここまで育ててきたのは私だった。
登録名義も、主な管理権限も、ずっと私の手元にある。
その夜、私は彼の会社を辞めることにした。
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