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蒔田龍人 2022/01/12 公開 2022/01/12 12:31 更新
『「親に向かっていきなりオレなんて言いながら電話してくるような息子に育てた覚えはないから、大丈夫だよ、そんなの」
現在ロサンゼルスに暮らす僕が、当時は日本中に広まっていた『オレオレ詐欺』のことが心配で、実家へ電話を入れてみたその途端、御歳八十歳を迎えんとしていた『かあさん』から、呆れたと言わんばかりの口調で返ってきた、これはその第一声である』
昭和39年、夕張で大型電器店を経営していた父親の反対を押し切ってこの僕を産んでくれた『かあさん』だったが、その一年後には父親が他界し、あげくに父親が経営していた電器店をも乗っ取られて、兄、姉、そして僕の、子供三人を女手ひとつで育てていかなければならなくなってしまう。
そしてその後に札幌へ単身移住を決意すると、残された僕ら兄妹は、個々に預けられてバラバラに育っていく。
そうしてついにかあさんは札幌に姉と僕との二人だけを呼んで、心機一転、母子家庭の生活が始まるものの、小学生となったこの僕は、肥満児というその体格から『いじめ』にあったことがきっかけとなって、次第に不良化していく。
そしてそんな僕に対するかあさん独自の子育てが、それから始まるのだった
やがて僕は東京へと移り住み、一人住まいの貧乏生活を体験したことがきっかけとなって無理やり就職すると、その性格が仇(あだ)となっていろいろと困難な壁にぶつかるも、そのたびにかあさんからのアドバイスを受けながら、次第に社会人として成長していく。
しかしその一方では、これでもかというくらいの散々な目に、かあさんはあってしまっていた。
そうして僕が三十歳を超えて会社を辞め、ロサンゼルスへの移住を決意すると、様々なトラブルを体験しながら、如何にかあさんという存在が自分に大きく影響しているのかをつくづく実感させられるのだった。
そしてその後に、それは起きた……。
『昭和の母親』というものは、どれだけ芯が強くてひたむきだったのかを知ってもらえると思う、いやぜひ知ってもらいたい、世界中のお母さんに捧げる、超長編ヒューマンドラマです。
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