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月雅 2026/03/24 公開 2026/03/24 12:09 更新
もう誰かのために生きるのはやめた。
前世の記憶を持つ公爵令嬢フィーネは、自分が乙女ゲームの悪役令嬢だと知っている。待ち受ける断罪イベントを回避するため、婚約破棄は自分から申し出た。泣かなかった。取り乱しもしなかった。慰謝料の交渉だけを済ませ、離宮へ向かった。
望んだのは、静かな隠居生活。前世で読んだ本の知識を頼りに、荒れ果てた庭を薬草園に変え、余った薬を街で売る。それだけでよかった。
ところが離宮の裏門に、血まみれの青年が倒れていた。
名前はリヒト。記憶は断片的だという。放っておけず看病したが、この男はどこか妙だった。身のこなしは鍛えた人間のそれで、夜ごと離宮の外壁を巡回し、匂いだけで毒物を見分ける。
フィーネは詮索しないと決めた。過去を訊かれたくない気持ちなら、自分にも分かるから。
リヒトは黙って庭を手伝い、フィーネは黙ってそれを受け入れた。主従でも恋人でもない、名前のつかない共同生活が続いていく。
薬草園は花をつけ、街の評判は広がり、フィーネの暮らしは少しずつ形になっていく。けれどその評判は、手放したはずの王宮にまで届いてしまう。
元婚約者の王太子は苛立ち、宰相の影が離宮に迫り、近衛騎士団長が意味深な警告を残していく。
リヒトは何者なのか。なぜこの離宮に辿り着いたのか。そしてフィーネは、なぜこの男が毎朝薬草の水やりを手伝いに来ることを、こんなにも不思議に思わないのか。
隠居したかっただけの元悪役令嬢の庭に、まだ誰も知らない春が近づいている。
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