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アクア 2026/07/21 公開 2026/07/28 00:36 更新
伯爵令嬢カロリーネ、二十三歳。十六の春から七年、侯爵家の嫡男の婚約者として、彼の好みに自分を磨り合わせて生きてきた。
苦手な若草色のドレスも、声を立てない笑い方も、ワルツを断る癖も、全部。
その婚約者が、夜会の満座で言った。
「俺のことなど、忘れろ」
――承知いたしました。
カロリーネは母方に一生へ一度だけ伝わる〈選び忘れ〉――忘れたい人をひとりだけ、心から解いて流す秘伝――を、その夜のうちに使った。
消えたのは彼の名と姿、彼がいた場面の「意味」だけ。
なぜ苦手な色ばかり衣装部屋に並んでいるのか。毎週の観劇で、なぜ一度も笑わなかったのか。七年の暮らしの跡には、理由だけが抜けた、きれいな空白が残った。
翌朝、泣き顔を見物に来た元婚約者へ、彼女は完璧な礼とともに首を傾げる。
「――ところで、あなたはどちら様ですか?」
以来、彼が何度「会えば思い出す」と迫っても、先入観ゼロで向き合った彼女は三分で席を立つ。
そんな中、観劇の幕間に口論ばかりしてきた無愛想な公爵だけが言うのだ。
「昔の君を教える気はない。今の君が選べ」
彼女は過去を復元しない。好きも嫌いも、自分の舌と目で選び直す。
――一年後、元婚約者が同じ夜会・同じ音楽・同じ言葉で過去を再現した夜、彼女は静かに首を傾げるのである。
「初対面の方にしては、ずいぶん馴れ馴れしいですわね」
ハーメルン、小説家になろう、カクヨムで同時連載中
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