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熾星 2026/06/16 公開 2026/06/16 15:59 更新
夫の幼なじみが世界一になった日、彼は私が自分を傷つけるのを恐れて、生配信さえ見ようとしなかった。
東京都北区の古いアパートで、彼は私のそばにいて、ただ一緒に録画を見ていた。
画面の中で、桜庭美緒は真紅のラテンドレスをまとい、ブラックプールの舞台の中央に立っていた。
そのドレスは、本来なら私のものだった。
私は車椅子に座ったまま、画面の中で揺れる裾を見つめていた。
息が、少しずつ苦しくなっていく。
また脚が痛み出した。
私は車椅子の肘掛けを握りしめ、低くつぶやいた。
「苦しい、蓮。私、苦しいよ」
黒瀬蓮はソファの端に座り、ずっとテレビを見ていた。
私の声を聞いて、彼はようやくこちらを向いた。
一度だけ。
たった一度だけだった。
次の瞬間、彼はソファのクッションの下から果物ナイフを取り出し、私の足元に放り投げた。
ナイフが床に落ちて、乾いた小さな音を立てた。
「苦しい?」
「だったら死ねば?」
「毎日苦しいって言ってるくせに、本当に死んだことなんてないだろ」
私はその場で固まった。
ごめん、と言いたかった。
けれど喉に何かが詰まったようで、一文字も出てこなかった。
その時、彼のスマートフォンが鳴った。
着信音は『Dance Monkey』。
桜庭美緒だけに設定された着信音だった。
彼はほとんど反射的に身をかがめ、スマートフォンを取った。
「美緒」
その声は、一瞬で柔らかくなった。
私が知っている彼とは思えないほど、優しい声だった。
「おめでとう」
「うん、見たよ。すごくよかった」
私はうつむき、床に落ちたナイフを拾った。
そして、自分の部屋へ戻った。
もう、限界なのだと思った。
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