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uta 2026/10/14 公開 2026/10/14 19:00 更新
「イレーナ、君との婚約を破棄する。星見の務めなど、もはや不要だ」
王城の大広間。王太子の宣告にも、祈るだけで星を知るという《神託の聖女》の謝罪にも、私は泣きませんでした。代わりにしたことは、手帳を開いて一行書きつけることです。『第四の月、十一日。晴れ、雲量二。王城大広間にて婚約破棄の通告を受ける』——感情より先に手が記録へ動くのは、前世からの体質なのです。
前世の私は、地方の公立天文台の、ただの観測記録係でした。発見者でも博士でもなく、毎晩同じ時刻に同じ座標を測り、ノートに書き写すだけの地味な職員。その三十年が、今世の十二年に重なっています。
退職した私が向かったのは、北の尾根に百年前に放棄された旧第七観測塔の廃墟。屋根しかない——いえ、その屋根すら穴だらけの苔むした塔。けれどそこには、二十二年分の観測記録が、誰にも読まれぬまま眠っていました。
祈って三日でできたという『神託暦』。潮汐補正の署名は、誰が行うのでしょう。港の魔石灯台は、いつ点くのでしょう。誰も見ていない仕事が止まるとき、王国の暦もまた、静かに狂いはじめます。
実測は嘘をつきません。継続は、裏切りません。
星見師の少女が、ただ「書き続ける」ことだけを武器に、王国の暦を止める物語。百年後の誰かに「先輩」と呼ばれるために、今夜も彼女はペンを執ります。
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