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uta 2026/10/13 公開 2026/10/13 20:00 更新
「氷花を枯らそうとした罪で、お前との婚約を破棄する」
星降る夜の前夜祭。三百人の貴族が見守る大広間で、王太子レオンハルトはわたしをそう断罪した。「氷の悪女め」と。
わたしは懐から革表紙の冊子を取り出し、鉛筆を抜いた。
「本日分の記録です」
気温マイナス四度二分、湿度五十一、土壌pH六・三、灌水量ゼロ、星の角度――
「では、本日分の記録は誰が取るのでしょう。明日が開花日なのですが」
セレスティア・ヴァン・エルフィード、二十四歳。王立氷花園・栽培記録係。前世は日本の農業試験場で十一年、誰も読まない数字を書き続けた女。十二歳で「名誉だけの閑職」を拝命してから十二年、四千三百八十日、一日も欠かさず。全四十八巻。
どの株が、いつ、どのように枯れたのか。日付さえ言えない王太子。素手で花に触れるなと三度申し上げた聖女。けれど彼らは言う――「記録など誰でもできる。聖女の祈りがあれば氷花は咲く。この国は千年そうしてきた」と。
「わかりました。では、わたしは辞めさせていただきます」
復讐はしない。恨みもしない。わたしが受けた訓練は、書類を規定通りに提出することだけ。四十八巻の観測日誌を書庫に納め、引き継ぎ書を置いて、静かに退職する。
――ただし。その日誌を、誰も読まなかったのなら。
読み書きの苦手な下働きの少年に教えた温度計の目盛り。雪深い辺境で彼女を待っていたもの。そして、十三年目の第一日。
淡々と、しかし確かに。数字だけが語る真実と、積み重ねた日々が人生を変えていく、静かな追放系お仕事ファンタジー。
記録には、残しております。
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