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花守かおるこ 2026/05/13 公開 2026/09/19 20:00 更新
灰色のドレスは、雨の匂いがした。
夜会の灯りの中で笑われながら、彼女はただ一人、国の赤字を抱いていた。
誰も知らない。
煌めく宝石の裏で、
舞踏会の音楽の裏で、
王国の呼吸を繋いでいたのが、細い指先だったことを。
「婚約破棄だ」
その声は高らかで、愚かだった。
金杯を鳴らし、貴族たちは笑う。
深く開いたドレス。
零れる真珠。
甘い香水。
浪費の香り。
けれど彼女だけは知っていた。
その輝きが、すべて借金で出来ていることを。
「私が埋めていた赤字、もう隠しませんわよ?」
静かな声だった。
怒鳴りも泣きもしない。
ただ帳簿を閉じるように、
彼女は王国を見限った。
雨が降っていた。
灰色の空。
濡れた石畳。
冷たい夜。
それでも胸は軽かった。
もう誰かの浪費を縫い合わせなくていい。
もう夜明けまで数字に謝らなくていい。
国境で出会った男は、黒を纏っていた。
まるで夜そのものだった。
「関税率の計算式が破綻しています」
その一言で、風向きが変わる。
数字を理解する男。
数字に誠実な女。
それは恋より先に生まれる、危険な共鳴だった。
「……君を国家ごと買いたい」
その言葉に、彼女は初めて知る。
価値とは、
宝石の大きさではなく、
誰かを生かせる力なのだと。
灰色だった人生は、ゆっくりと深い紺へ変わっていく。
ミッドナイトブルーのドレス。
大胆に開いた背中。
知性を隠さない瞳。
かつて地味だと笑われた令嬢は、やがて社交界で最も恐れられる女になる。
「その宝石、担保品ですわ」
笑顔で差押えを告げる夜。
贅沢に溺れた者たちは震え、
数字に愛された女だけが静かに立っている。
国は滅びる。
虚飾は剥がれる。
赤字は必ず回収される。
そして最後に残るのは、たった一つ。
誰にも理解されなかった彼女を、
最初から“価値”として見抜いた男の声。
「君はもう赤字じゃない」
黒衣の宰相は、彼女の指先に口づける。
「私の人生最大の黒字だ」
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