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東曌 2026/10/21 公開 2026/10/22 15:50 更新
中国・四川省、三星堆。
今からおよそ三千年前、この地には、黄河流域の青銅器文化とは異なる、独自の造形と技術を持つ人々が暮らしていた。
彼らは巨大な青銅の仮面を作り、神樹を鋳造し、人間の顔を思わせる不思議な像を残した。
しかし、その王国について、私たちは多くを知らない。
『史記』には古蜀に関する伝承がある。けれども、三星堆から出土した巨大な仮面や青銅像について、直接語る記録は残されていない。
一方、後世に編まれた『華陽国志』には、蚕叢という古蜀の君主について、目が「縱」であったと記されている。
その一文と、三星堆から出土した、目が大きく突き出した青銅の仮面。
二つは、同じ世界を指しているのだろうか。
もちろん、それを証明するものはない。
だが、文字に記された伝承と、土の中から現れた遺物を並べるとき、遠い過去に一つの問いが浮かび上がる。
一九八六年七月十八日、レンガ工場の作業中に発見された第一号坑。そして、同年八月十六日に発見された第二号坑。
そこには、青銅器、玉器、黄金の品々、象牙などが納められていた。しかも、多くの品は壊され、焼かれた痕跡を残していた。
なぜ、彼らは自らの手で作り上げたものを壊したのか。
なぜ、炎にかけ、土の下に埋めたのか。
王国に何が起きたのか。信仰が変わったのか。政治が揺らいだのか。それとも、私たちが想像もしない理由があったのか。
四川の盆地から、黄河流域まで、およそ八百九十キロ。山々と河川に隔てられた広大な中国大陸には、異なる歴史と文化が並び立っていた。
青銅の眼は、何を見ていたのか。
語り手のいない王国が残した沈黙を、考古学の成果と古い文献を手がかりにたどっていく。
これは、失われた王国をめぐる、史実と謎の物語である。
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