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歩人 2026/05/29 公開 2026/05/29 19:00 更新
子爵令嬢ヴェロニカは、十年間、王太子妃の戴冠衣装の刺繍を担当してきた。祖母から教わった独特の針目で、毎年異なる図案を縫い続けた。誰もその意味を尋ねなかった。「お前の刺繍など指の戯れ。下女に代えればよい」——婚約破棄の宴で王太子が放った一言に、ヴェロニカは刺繍枠を置いて去る。その夜、辺境から馬車が一台、王都を目指していた。盲目の辺境伯ロタールが、宮中に到着する。「五年、私はあなたの刺繍を毎晩指で読み続けていた。あなたが刺していたのは、私の母の祖国の紋章だった」——ヴェロニカの祖母が、隣国の出身であった事実。十年間、彼女は気づかずに故郷の紋章を縫い続けていた。新しい戴冠衣装には、その紋章が一目もない。儀礼違反として、戴冠は延期されることになる。
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