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東曌 2026/10/20 公開 2026/10/21 01:53 更新
三年間付き合った恋人と、あっさり別れた。
矢崎ジュンコ、三十二歳。
恋愛感情なんて、とっくに薄れていた。結婚の話はいつも先送り。会うのも連絡するのも、いつの間にか惰性になっていた。
だから、別れを引き延ばす理由もなかった。
「女の三年は、長いんだよ」
そう言って電話を切ったジュンコは、冷蔵庫の餃子を焼くことにした。
餃子に罪はない。
そんなある日、亡くなった叔母の家を片づけていたジュンコは、一冊の手書きのレシピ帳を見つける。
そこには、パエリア、トマトのファルシェ、ほうれん草とサーモンのキッシュ、ウナ卵焼き、クワイご飯――作ったことのない料理が並んでいた。
パエリアのページには、叔母の字で一言。
「ジュンコちゃんが来たときに作ること。きっと喜ぶ」
「……作ってみようかな」
ところが、最初の難関は料理の腕前ではなかった。
サフランが、とんでもなく高いのである。
「……サフラン、高っ!」
こうしてジュンコの、週に一度の料理挑戦が始まった。
失敗もする。材料費に驚く。思いどおりにできない日もある。それでも、自分で作った料理は、案外おいしい。
親友と食べれば、なおさら楽しい。
叔母が残したレシピを頼りに、ジュンコは少しずつ、自分の好きな味を見つけていく。
失恋を乗り越えるための料理ではない。
誰かに好かれるための料理でもない。
食べたいから作る。おいしいから、また作る。
美味しいゴハンは、心を元気にするって、信じてる。
これは、三十二歳のジュンコが、おいしいものと新しい日常を手に入れていく、ちょっと騒がしくて、ちょっとお腹のすく物語。
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