コメディー 連載中・全2話

真夜中の橋に、勇者係はありません

乾為天女 2026/10/31 公開 2026/10/31 19:30 更新

あらすじ

 灯川町の白環橋が、床板と手すりの補修で十四日間通行止めになる。工事開始を二十日後に控えたある夜、商店街の印刷店で働く香澄は、欄干に結びつけられた木彫りの兎を見つける。腹に挟まった紙には「勇者係へ。夜の橋をなくさないで」。橋はなくならない、直すだけだ――正確さに自信のある香澄が「勇者係なんていません」と言い切った瞬間、通行人の動画が広まる。存在しないはずの「非公式勇者係」が町の噂になってしまう。

 その兎を勝手に飾ったのは、動物の木彫りに夢中な公太郎。騒ぎを収めようとする温厚な配送調整担当・湊斗と、何でも盛大に取りまとめたい川辺作業室の管理者・聖子も加わり、四人は「橋を救う」代わりに、迂回路の困りごとを確かめることに。ところが、地図の小さな字、階段を避けるための遠回り、暗い曲がり角、夜の待ち合わせ……見落としていた不便が次々と見えてくる。匿名の意見箱、失敗だらけの木製模型、なぜか話題になるフルーツサラダ。善意が空回りするたび、四人は「助ける」と「勝手に決める」の違いを学んでいく。意見箱の差出人は探さず、個人が分からない形にした声だけを町の担当窓口へ届ける。誰かの困りごとを預かるには、守らなければならない線引きもある。

 一方、兎の底には五年前の文字が残されていた。「君は勇者だった」。かつて川辺の施設が浸水した夜、香澄と湊斗の間に何があったのか。湊斗の右手に残る傷と、香澄が今も抱える後悔を、町の人たちは美しい英雄譚に変えようとする。香澄自身も、彼を守りたいあまり、本人が望まないことまで口にしてしまう。

 橋の工事は止められない。後遺症も、遠回りも、都合よく消えはしない。それでも、困りごとを誰かの手柄にせず、本人の言葉を待ち、必要な先へ届けることはできる。少し不器用な四人が、誰も勇者にしないまま町の道と人間関係を少しだけ優しくする。

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