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語り屋 2025/12/20 公開 2026/07/30 20:48 更新
ゾンビという概念が、まだ存在しない世界。
二〇二六年三月、アフリカ中部の小国・ナミビアで、原因不明の暴力事件が発生する。負傷者十一名、死者ゼロ。現地当局は違法薬物の関与を指摘し、日本の内閣官房でも、「参考情報」として一度確認されただけの、遠い出来事だった。
内閣官房で危機管理を担う参事官・三浦恒一の仕事は、日々舞い込む無数の情報の中から、「今は扱わない」ものを、正しく選り分けることだった。邦人被害なし、国内への波及要素なし——そう書ける限り、その出来事は、この国にとって存在しないも同然だった。
だが、事案は南部アフリカ全域へと広がり、国境を越え、大陸を越え、やがて日本国内にも、同じ症状の患者が現れ始める。搬送された患者は、鎮静剤も効かず、二度と正気には戻らない。それでいて、誰も死なない。終わりだけが、ない。
ゾンビという言葉も、未知の感染症という認識も、この世界にはまだない。あるのは、狂犬病、精神疾患、違法薬物——既存の言葉で無理やり説明され続ける、名前のない現象だけだ。
半年が過ぎ、また半年が過ぎる。三浦は、家族を、同僚を、そして自分自身を、少しずつ、この名づけられない現実の中へと、巻き込まれていく。事態にようやく名前が与えられたときには、すでに、多くのものが、取り返しのつかないところまで進んでいた。
これは、怪物の物語ではない。
危機を危機と呼べなかった人間たちが、それでも、目の前の誰かを守ろうとした、その足取りの記録である。
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