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花守かおるこ 2026/06/05 公開 2026/06/05 13:50 更新
夜明け前の病院。
白い廊下。
消毒液の匂い。
鳴り続けるモニター。
救える命と、
救えない命。
その狭間で、
私は今日も立っていた。
誰かの娘としてではなく。
誰かの妻としてでもなく。
ひとりの看護師として。
けれど家へ帰れば、
待っていたのは感謝ではなかった。
「看護師なんだから」
「嫁なんだから」
「それくらい当然だろう」
その言葉たちは、
少しずつ、
少しずつ、
私の心を削っていった。
ある日、
あなたは言った。
「嫌なら出て行け」
軽い調子で。
どうせ行く場所などないと、
信じていたから。
だから私は頷いた。
「わかりました」
そして出て行った。
泣きながらではない。
怒りながらでもない。
静かに。
本当に静かに。
帰る場所があったから。
大きな門。
見慣れた庭。
懐かしい声。
児童養護施設。
私が育った場所。
私の本当の実家。
「お帰り」
その一言で、
何年も凍っていた心が、
春の雪のように溶けていった。
血はつながっていなくても。
名字が違っていても。
家族は家族だった。
命を救う仕事をしているのに、
自分の心だけは救えなかった私を。
みんなは何も聞かず、
迎えてくれた。
だからもう、
誰かの都合のいい道具にはならない。
無料の介護要員にも。
便利な嫁にも。
ならない。
私は知ったから。
帰る場所は、
支配される場所ではなく。
安心して、
「ただいま」
と言える場所なのだと。
青空の下。
子どもたちの笑い声が響く。
私は微笑む。
救われたのは、
きっと私のほうだった。
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