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酒井塞翁 2019/07/20 公開 2020/01/08 10:00 更新
戦国時代、尾張の大名・織田信秀の子息・吉法師は、八歳の時に父から那古野城を与えられ、以降そこで英才教育を受けて育つ。そして、十四歳になると、元服して織田三郎信長と名乗った。
その一年後、彼は初めて先陣を経験するが、心を恐怖に支配されて何もできなかった。これにより、優等生でいては修羅場に対応できないことを痛感した彼は、城から出て、山野を駆け、巷間を巡って、心身を鍛え、社会的な知識を身に付けようとする。
ところが世間は、それを奇行・愚行と決めつけ、彼を「大うつけと」と呼んで嘲笑した。これにより、家中における彼の信望は、地に落ちた。
折も折、父・織田信秀が、流行り病にかかって急死してしまった。その途端、家臣の離反、後見役の自害、同盟者の敗死、兄弟の裏切り、親戚の不意打ち、などの問題が、嵐のように信長に襲い掛かる。
更に、駿河、遠江、三河を支配する大諸侯・今川義元の長い腕が、尾張に向かって伸ばされつつあった。
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