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野蒜 2026/10/18 公開 2026/10/25 14:18 更新
空を知らず、友も知らず、名さえ持たなかった少年がいた。
祈れば何かが変わると信じた彼は、ある冬の夜、見知らぬ世界へと迷い込む。
九重街。
そこは、終わりなく続く奇妙な都市だった。
汚水が流れ、蒸気が噴き出し、古びた建物が上下左右の区別も曖昧なまま折り重なる。人間も、人間ならざる者も、奇術も工業も、あらゆるものが混沌のなかで息づいていた。
やがて少年は、ナナシと呼ばれる男になる。
武蔵自治区で海老屋を営み、酒と煙草を嗜み、面倒事を嫌う。気まぐれで怠惰、どこか子供じみていて、喧嘩となれば相手が誰であろうと拳を振るう。
そんな男の周りには、奇妙な人々が集まってくる。
この街には、真名と呼ばれる存在の根幹があり、奇術と呼ばれる不可思議な力がある。だが、真名を持たないナナシには、その理さえ通じない。
彼は何者なのか。
この街は、いったい何なのか。
そんな問いに構う様子もなく、ナナシは今日も生きている。汚水から海老を拾い、商売をし、酒を飲み、気に入らない相手を殴り飛ばす。
けれど、この果てしない街には、ただ奇妙なだけでは済まされない秘密がある。
神の封じられた自治区。汚れた真名がもたらす消滅。そして、街の理をも揺るがす者たち。
それぞれに何かを奪われ、それでも己の意志を手放さない者たちが、ナナシの生きる道と交差していく。
これは、世界を救うために立ち上がった英雄の物語ではない。
奪われることを嫌う、名もなき男の物語だ。
空のない世界で、彼は何を守り、誰と出会い、どこへ向かうのか。
九重街に終わりはない。
それでも、ナナシの人生は続いていく。
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