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蠍座の黒猫 2020/09/07 公開 2020/10/18 15:35 更新
那須の与一の扇の的を射る場面です。
(以下茄子のよいち漬本舗 合資会社 島村俊商店様HPより抜粋)
那須与一という人は、源氏と平家の「屋島の戦い」にて、平家が立てた扇の的を、見事射落としたことで有名な源氏方の武士です。
・与一とは余一、あまるいち、つまりは今で言う十一男と言う意味の通称ですので、当時は他にも与一が居ました。本来は那須宗隆(宗高とも。むねたか)、那須氏当主になった後は、父と同じ那須資隆(すけたか)と言う名前です。
源平の戦い(源平合戦)には有名な戦いは多いですが、特に後期の、直接平家滅亡に繋がる戦いとして、「一ノ谷の戦い」、「屋島の戦い」、「壇ノ浦の戦い」があります。
那須与一は「屋島の戦い」の時に、「揺れる舟の上の扇の的を射よ」との平家の挑発に源氏の代表として、この難しい的を射ることに成功しました。矢が的を射たことで、源氏の武運が勝ると見られ、平家が没落していきます。さらに、「壇ノ浦の戦い」で平家が決定的な滅亡を迎えます。その「大事な転換点」になったのが、平家物語の「那須与一の扇の矢」です。
生没年から考えると、屋島の戦い(1185年)の際には15~6歳前後、亡くなったのは20歳前後と、実は早く活躍して早逝した方のようです。
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