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源三郎 2026/11/07 公開 2026/11/07 04:57 更新
はじめに、音があった。
夜の村にあらわれた妖鬼の前で、ひとりの少女がこらえきれずに声を放った。守りたかった。ただそれだけだった。なのにその音は妖鬼も、家も、逃げる人の背も見分けずに薙いで、村をまるごと灰に変えた。少女はその日、声を捨てた。――これは、まだ誰もその名を知らない、遠い昔の話。
妖鬼(ようき)とは、人の口からこぼれた恨みや呪いのなれの果て。吐かれた言葉は消えず、澱み、やがて夜を喰らう化けものになる。
十七歳のハルも、声を出せない。幼い叫びで人を傷つけてから、ことばを飲みこんで生きてきた。だが妖鬼の吐く呪詛は、なぜかハルにだけ届く。まるでこの喉の奥に眠る“なにか”を呼び覚ますように。
退魔師の祖父が闇に斬りつけられた夜。守れない――その恐怖が、封じてきた声をついに解き放つ。「あ」。たったひとつの音が、町ひとつぶんの化けものをたじろがせた。
声を代償に手にした三つの音。あ(拒む盾)、い(断つ刃)、そして命を喰らう禁忌の音「う」。
地の底には、十七年前に消えた母が囚われている。呪いの器と蔑まれた少女は、失った声のかわりにたったひとつの願いを胸に、灰色の夜へ踏み出す。
――その血に流れる音の正体を、ハルはまだ知らない。
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