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花守かおるこ 2026/05/18 公開 2026/05/18 03:55 更新
静かな雨だった。
世界は今日も、
強い者だけを讃えていた。
ダンジョンを裂く剣。
空を焦がす魔法。
英雄たちの勝利。
誰もが拍手を送るその裏で、
眠れない夜を抱えた人間が、
静かに壊れていく。
草壁茂、四十五歳。
会社に尽くし、
数字を守り、
誰かが無茶をしないよう、
ただ必死に支えてきた男。
だが最後に返ってきたのは、
「お前はもう要らない」
その一言だった。
雨に濡れた帰り道。
見切り品の棚で、
百円のミントが揺れていた。
枯れかけた、小さな葉。
まるで自分みたいだと、
彼は思った。
だから、買った。
世界でたったひとつ、
まだ自分が見捨てたくなかった命を。
深夜二時。
誰もいない初心者ダンジョン。
冷えた石床。
遠くで響く魔物の唸り声。
その片隅で、
男は小さなプランターに土を入れる。
剣ではない。
魔法でもない。
ただ、土。
ただ、水。
ただ、小さな緑。
けれど。
ミントは香った。
張り詰めた瘴気を、
凍りついた心を、
静かにほどいていくように。
疲れ切った探索者たちは、
やがてその場所へ辿り着く。
眠れなかった少女。
壊れかけた英雄。
戦うことしか知らなかった人たち。
彼らは剣を置き、
ただ湯気を見つめる。
「……落ち着く」
その一言だけを残して。
世界を救う力なんて、
なくていい。
誰かを安心させる香りが、
たったひとつあればいい。
踏まれても、
傷ついても、
それでも青く香る雑草のように。
深夜ダンジョンの隅で、
今日も小さな聖域が息をする。
「お疲れ様でした」
その言葉だけが、
壊れそうな誰かを、
そっと明日へ繋いでいた。
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