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多谷昇太 2019/03/09 公開 2019/05/05 17:57 更新
人生詩集(2)以後の、海外放浪から帰国したあとの、壮年から実年あたりの詩群となります(一部老年にかかる)。当詩集内「月になったパラボラ」の補足文に記したような厄難をこの当時(H20年)受けまして、以後は見るも無残な、かつ悲惨な人生とあいなりました。この厄難のために一時期車上生活者の暮らしまで余儀なくされ、これから逃れるべく関東一円をさすらったりもしました(たとえば田沼町)。ラストの詩「ねぬなはの(←これは和歌における枕詞です)」でクライマックスとなります。人には色々な災厄が付きものですが、それにしても、普通の人間には考えられないようなこんな厄難が、なぜ、私の人生を選んでやって来たのか…日々悶々とせざるを得ませんが、しかしこの(実に)今に至るまで続く(理不尽きわまる!)ストーカー被害の中で見えて来たものもあります。それは(偉そうに、こんな云い方をしていいのでしょうか?)多谷文学における目指すべき主題というものです。それは2つの敵であるとも換言できまして、ひとつはこのようなストーカー行為をチンピラどもにやらせ続けている、世の悪しき力というものです。これに抗うことが主題であります。いまひとつはこちらは(これこそ最大の敵である)おのれ自身です。己身の魔というやつです。こちらをこそ最後には駆逐せねばなりません。
とにかく、この2つを捉え得たでけでも私の受けた、いや今も受け続けている厄難にも何か意味があるのでしょう。こういう視点を教えてくれたのが樋口一葉の日記とその生き方でして、私が一葉に強く引かれる所以です。いや、しかし脱線しました。では人生詩集(3)にお入りください。
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