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歩人 2026/06/05 公開 2026/06/05 19:00 更新
伯爵令嬢アデリーンは、王国でただ一人、川を読む治水官だった。祖母の代から書き継いだ水位帳で、どの春にどの川が溢れるかを予見し、堤と水門と遊水地で王都を百年守ってきた。だが王太子は彼女を「来ぬ洪水に国費を盛る臆病者」と断じ、婚約を破棄して追放する。後任は遊水地を埋め立てて新市街として売り、無駄な水門を取り壊した。湖国へ落ち延びた彼女が水利技師ヨナスと再起を遂げたころ、三度目の春の雪解けが、水位帳の予告した通りに王都へ近づいていた。後任は、どの水門をなぜ開けるのかを知らない。誰も気づかぬまま、ひとつの空白が静かに街を綻ばせていく——人が住む場所はことごとく水を避け、空けてあった荒地だけが水を待っている。その荒地を、彼女は遊ばせていた。
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