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二階堂真世 2025/09/03 公開 2026/02/02 00:00 更新
二階堂和子は26歳の時、やがては目がみえなくなる難病「網膜色素変性症」と診断された。コピーライターとして活躍し、プライベートも充実して未来に夢膨らませていた時のことだ。いつ目が見えなくなるかわからない。だったら、見えてる内に、見たいものは見ておこう、やりたいことは後悔しないよう何でもチャレンジしようと考えた。友人の薦めでニューヨークやロンドンを旅した。そこで触発され、帰国後もフリーで倉敷音楽祭や天王寺博の仕事をして東京進出を模索していた。コピーライターとして、自分の可能性を試したかった。当時人気のトレンドウォッチャーとして活躍中の谷口正和社長の会社に就職し、夢のようなメジャーな仕事が出来るようになった。仕事が面白くて毎日寝る間もなくコピーを書いていた。2年目になると、仕事にも慣れ、文化、・芸術を楽しみ、恋愛もいっぱいした。
パリのジャパンエキスポやタイのジャパンエキスポ改めバンコク日本博でイベントプロデューサーとして数多くの舞台をクリエイト。
日本舞踊や歌舞伎が世界を魅了する日本を代表する芸術だと手ごたえを感じていた令和元年、タイのバンコク日本博でもオープニングを飾り大好評だった。しかし、その3年前から和子の視力は無くなっていたのだ。若いアーティストを世界に羽ばたかせようという試みで活動していた和子の夢は叶えられたのか?娘の舞台も拍手や喝采で成功をしることは出来ても、その成長を見ることは出来ない。生きている理由、意味がわからなくなると自暴自棄になって、引きこもり心も体も病に犯される。
昭和、平成、令和の時代を目の障害に怯えながらも、果敢に生きる和子の人生を通して感じて欲しい。どんな障害にも意味があり、人生を豊かにする調味料にすぎないことを。見えなくなる恐怖がその時々を輝かせてくれた。障害者として、人から虐げられたからこそ、不屈の精神が養われたと。人生に無駄な事、無意味なことなどひとつもない。頑張って扉を叩き続けていたら、必ず誰かが手を差し伸べて助けてくれる。障害があるからこそ、誰よりも貪欲に生きてきた。それが、全盲になった時、次への扉を叩き続ける原動力になった。どんな障害も、不幸も、乗り越えられる。
そんなメッセージを、死にたいくらい悩んでいる人に教えてあげたいと、実際にあった事実を元にした自叙伝です。
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